「そういえばね、家を片付けていたらお仏壇からこんな物が出てきたのよ」
まもなくご自宅の建て替え工事が始まるお客さまのお宅に、着工前のお打合せに伺ったときのこと。
奥様がそうお話しながら、時を経て黄褐色になった年代物の帳面を広げてくださいました。
長い紙を束ねたその表紙をめくると
「砂糖代 六円八拾銭」「ウドン代 三円二拾銭」
それは、昭和四年、おばあさまの代の家計簿だったそうです。
当時の暮らしぶりが伺えるような内容に私たちは興味深々で、
一緒に見せていただいた古いお写真と共に、
この場所で送られていたであろうその時代の日常を色々と想像しながら頁をめくりました。
そのひとつひとつから見えてくるもの、
今はその面影はなくとも、ここには確かに先代が築いてきた見えない軌跡が残っています。
それはこのお宅に限ったことではありません。
ある新築のお客様は、今は亡きお母様が大切にされていたお庭のみかんの木。
この木がリビングからよく見えるように大きな窓を取り付けました。
また、ある30代のご家族は、建て替えの際にお祖父様から譲り受けたお家の大黒柱を
ダイニングの一角のカウンターに残しました。
今までも幾度となく伺った大切な物語、その土地の記憶、
きっとその先に今のお客さまのお暮らしが繋がっているのだと思います。
それらの物語に敬意を払い、代々この土地を守ってきてくれた方々にも喜んでいただけるような
お家を建てねばと心に留めます。
形で残すことは難しいのかもしれませんが、
きっとその思いは家に表れると思っています。
お打ち合わせが終わる頃、奥様がもう一つ大切な物を見せてくださいました。
そっと取り出したそれは水晶のご印章です。
「こういうものは、その人が生きる証になるのよね。」と。
その小さく美しいご印章を手にかざすと、
澄んだ光の奥に、これから始まる新しいお暮らしがきらきらと耀いて見えるようでした。
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