クウと過ごした夏

 
 
とてもゆるく、だけど、しっかり包んだその小さな手の中に、そのツバメは守られていた。
 
「巣から落っこちちゃったみたいなんだ。巣にはかえせないから僕が飛べるまで育ててあげる。」
 
小4の小さなお父さんは、その子を「クウ」と名付けた。
 
「クウクウ鳴くからクウにする!」
 
黒目がまんまるのクウ。くちばしをパクパク!
 
とても小さな親子の生活が始まった。
 
 
 
インターネットでエサのあげ方や育て方を調べ、家族はそれを実行すべく、
 
それはそれは大変だけど楽しい時間が過ぎた。
 
いつもなら、イモ虫なんて絶対にさわれないくせに、子供のためなら何でも出来る。
 
手でつまんで、くちばしに近づけると、パクッと食べる。
 
そしてすぐに口をパクパクするんだ。
 
それを見ている小さなお父さんたちは、顔を見合わせて「カワイイ〜!」って。
 
飛べないくせに羽をパタパタ!小さいからだはピョコピョコ動いてとっても愛らしい。
 
 
 
朝はもちろんクウの方が早い。
 
ぼくのあたまの上で明るくなった空に向かって、クウクウって鳴きだす。
 
そうすると、小さなお父さんが起きてきて、
 
「クウおはよ!」
 
ぼくにも言ったことのないような思いやりがこもった「おはよう」を言う。
 
二人は、朝食のイモ虫とシリアルを食べて「今日は何して遊ぼう?」
 
飛べる練習をさせてあげたいけど、そうするとお別れが早くきてしまう。
 
ずっと遊んでいたいけど、早くお母さんのもとに帰してあげたい気持ちもある。
 
それでもクウは、あげたエサをしっかり食べて、飛ぶ練習をしたり、
 
自分の水をひっくり返したりして、どんどん元気になっていった。
 
 
 
小さなお父さんも、夜になれば、しっかりと観察日記をつけて、その思い出を記した。
 
そしてその元気な姿は、友達や、実家のおばあちゃんたちにも見せた。
「ぼくが育てて、しっかり飛び立たせてあげるんだ!」
 
そう胸をはって言っていた。
 
 
 
 
 
でも、彼のその思いはとてもはかなく終わった。
 
「クウ?」クウを呼ぶ声が違うと気づいたのは、みんな一緒だった。
 
近くに行ってもクウにふれることができない。
 
様子が変、
 
それは、もうわかっていたから?
 
  
 
勇気をもって、そっと手を差し伸べると、
 
 
生きていてよ
 
心の叫び。
 
 
 
 
言葉が出ないんだ
 
誰も、
 
 
 
そして言葉より早く出てきたものは、涙だった。
 
あふれ涙は、たった数日の思い出ではない。
  
 
 
彼はクウに「ありがとう、ありがとう」と言い続けた。
 
小さなお父さんは、クウをしっかり育てた。
 
クウも小さなお父さんをしっかり見つめてくれた。
 
 
 
クウ、どうもありがとう。
 
ぼくは小さなお父さんが君に捧げた愛と同じ愛を、彼に捧げます。
 
ぼくは少しだけ、孫ができたような気がしました。
 
ありがとう、クウ
 
彼に大きな命、愛をおしえてくれて。
 
今日からは大空を羽ばたいておくれ。
 
 
 
 
さよなら、クウ。
 
 
 
 
What game shall we play today / Chick Corea

 

 

 

 

 


 

投稿者: hayashi 日時: パーマリンク

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