妙な時間に弟からかかってくる電話はこの歳になるといつもどきどきする。
案の定良い話ではなく、開口一番にその事実を告げられた。
「今朝はあったんだ。確実にあった。」
ということは、真っ昼間にどうどうと盗難にあったということか。
一人では持ち上げられても運ぶのは結構きつい。ならば車でか、と。
警察が来てくれて一巡が済んで、残念な声で二回目の電話がきた。
そのとき母は入院中だったからぼくは弟が余計な心配をかけないほうがいいと思って口止めをしようと思ったら、もうすでに言ってしまっていた。
まあ事実だから仕方ない。
ほどなくして母は退院した。
病院から戻って本堂のいつも置いてある場所を見、お賽銭箱の跡が四角くしっかりついた床板を見つめて言った。
戻ってきて欲しい、と。
本堂のお灯りと祈祷は弟がやっているが、
お稲荷さまと掃除はぼくが行っていて、あの日から、ご参拝に来て下さる方々のお賽銭はその床板の四角い跡のそばに置いてあるようになってしまった。
小銭が出っぱなしになっているのはあまり良くないなと思っていて、代わりになる仮のお賽銭箱とこの事実を告げるご挨拶文を書いて設置しようと思った。
このお賽銭箱は、もちろんぼくが生まれる前からある。
過去に二度、盗難の危機にあった。
一度は夜中1時ごろ、ぼくが寝る間際に変な物音がして覗きに行ったら犯人とばったり遭遇して未遂。
二度目は、完全に盗まれて、近くの公園に壊されて捨てられていた。
そんなことが過去にあったから、弟はすぐにその公園に行って探したし、ぼくもたびたび近辺を気にしてみていた。
しかし今回はそんな物語りは無いなと半ば諦めはじめていた。
その日は本社で仕事をしていた。
すると町内の大御所というか、近所のおじさんがぼくを呼びに来た。
「ちょっと気になるんだ…」と。
そのおじさんはぼくの弟から賽銭箱が盗難にあったということ聞いていたらしく、
そのことでぼくを呼び出してくれた。
「あそこに置いてあるのは賽銭箱じゃないかなぁ、二三日前からあってね、でもその前は無かったんだ、絶対に無かった。」と。
ぼくは心臓の鼓動が早くなったのと、「おじさんマジっすか、」と大声になったのがわかった。
そこに行ってみると、雨ざらしにならないようにしてくれたのか、軒下にしまい込むようにそっと置いてあった。
驚いた。
思わず手を合わせた。
手を合わせてすぐ、おじさんにお礼を言った。
少しばかり雨に当たったのか色が少し褪せていたけど紛れもなく51年間見てきたお賽銭箱だった。
戻ったお賽銭箱を元あった四角い跡がついた場所に戻してから母を呼んだ。
ぼくが「見て」と指をさすと、はっと息をつき、母もすぐに手を合わせた。
そしてそのあと一言ぼくに言った。
その言葉はぼくだけに秘めておきたい。
このお賽銭箱の裏には歴史が書いてあり、
その誕生は、昭和32年だった。
だからいま60歳。
ぼくは数年前に本堂の大規模修繕工事をした。
その数年前に、古くなったお稲荷さまを新築しなおした。
そして今回このお賽銭箱を心を込めて直そうと思う。
そんな機会を与えてくれたこの物語りから、ぼくは林家の歴史への敬いと、与えられた宿命という大切な気持ちを刻むことができた。
平成29年10月27日(金) お賽銭箱 帰還
忘れないためにここに綴らせて頂きました。