The Sun Will Shine(Spotifyが開きます)
「工藤さん、ぼくと一緒に仕事をしてくれませんか?」
今から二十数年前のこと、とあるきっかけで大工さんと知り合った。
それまで自分から誰かにそんな大それたことを言ったことは一度も無かったが、その時だけはこの胸に湧き上がった思いが抑えられず、そう声をかけた。
<今回は、この度お仕事をご卒業された大工の工藤さんとの思い出を数回にわけて、その出逢いから、今日までの道のりを振り返ろうと思います>
若い頃から変わっていないであろう彼のスタイルは、トレードマークのねじり鉢巻き、色をお揃いにした上下の清潔な作業着、その拘りも然る事ながら、彼が持つ建築への思い、大工仕事への心得、人にだけでなく道具や材木への心遣い、それに当たり前だが約束を守り抜く責任感と同時に、誰もが惹きつけられる物腰の柔らかさ、そしてひけらかさない謙虚さをも表していた。
あげれば切りが無いが、そのすべてとバランスを取るように携えていた希に見る素晴らしい腕と知識、ぼくは彼の作品を見、会話をし、お車の中、ご自宅の小屋、そして整理整頓された道具の数々を見て度肝を抜かれ、そして惚れた。
それまでも知識や技術を持っている職人さんはごまんと居たが、そこに仕事への思いや考え方、常に相手を思い気遣う人間力を備え、その上でぼくたちエムズデザインの価値観と合う方に巡り会ったのは彼が初めてだった。
それまでぼくは既に十数年間このエムズデザインをやっていたし、貪欲さが功を奏して沢山の経験をさせてもらったり、それまで学んだ机上の知識だけでなく本当に休みなく現場に行って、図書館で調べて、先輩に聞いて、下積み時代から沢山の職人や技術者と仕事をしていたから、その当時でも、ある程度ではなく建築という仕事そのものをそれ相当のグレード感で理解することができていたと思う。
そんな時、彼と出会い、ちょっと大げさだが全ての答え合わせができてしまったのだ。
優れたものからは勝手にオーラが出てしまうということ。
彼の仕事はとにかく美しい、そしてぼくは、美しい物に目がない。
格好いい服も、美味しい食べ物も、感動する書物も、理由はわからなくても何か感じてしまう人は多いと思う。
その物ができていく過程というか、つくられた経緯というか、内なる何かが、完成された優れた物からはどうしてもそれが現れてしまうように思える。
後によくよく調べたりしてみると、その中には様々な物語が見え隠れするように思う。
そうは言っても、ぼくは表面だけの美しさには目が行かない。どうしても上っ面が好きではないのだ。
仕上がりが美しくなっていくのは、本質の美しさが表面に出ているからだと解釈している。
優れた素材を使い、それをつくる人間の基礎がしっかりしていて丹精込めて丁寧に扱うと何故か優美さが現れ、やがて輝きを放つ、そう、勝手に放ってしまう。
設計デザインでは一本一本線を引くとき、その線がそこに住む依頼者にどう作用してくるのかを、その依頼者の姿を思い浮かべ丁寧に引く。
そんなことを昔からずっと考えていたから、こうして工藤さんと出逢わせてくれたのかな、とも思っている。
「工藤さん、ぼくと一緒に仕事をしてくれませんか?」
このぼくが放った、冒頭の言葉の返事は…
「ん、オレでいいのか〜?」
(笑)この一言で始まった20数年間の物語。
だから、ぼくらエムズデザインの要としてずっと一緒に働いてくれていた工藤さんのご卒業は嬉しくも寂しい。
つづく。
*次回のお話をチラリ…
二十数年前、現在では常務になったヒデが入社してまだ数年、末端の下っ端だったヒデをほぼ毎日現場に出していた。
その頃の諸先輩は今で言うオラオラじゃないけど、彼に毎日多くの檄を飛ばし、それこそ今では問題になるだろう ”パシリ!” いわゆる使いっ走りをたっぷりと味わいながら、それでも文句一つ言わず日々黙々と仕事をしてた元気とスマイルが取り柄な彼に、ある日”大役”が付いた。
「明日から毎朝5時半、車で工藤さんを迎えに行ってから神奈川県の現場に行ってほしい」…
では、次回もよろしくお願いします。
*20年くらい前の工藤さんとぼく、二人とも若すぎて笑えます。